流れるように漂うように~映画「ナミビアの砂漠」

流れるように漂うように~映画「ナミビアの砂漠」


 この映画の切り口を見つけるのは難しい。一人の平凡な女性のとりとめもない日常。何かに熱中するでもなく、ただ生きている。それで不満を抱いている風でもない。ただ、これは山中瑤子監督の才能だと思うが、カット割りと音の効果の使い方が斬新極まりない。

 いきなりどこかのバスターミナルの騒音から始まる。喫茶店で会話するシーンでは、ほかの席の話し声が交じり合う。シーンのはじめと終わりは、必ずしもドラマの進行に合わせていない。はてこれは、と思っていると、どこかの砂漠の定点カメラで撮られたシーンが、PC画面のYouTubeで流れるシーンが挟まる。そうか、YouTubeの定点カメラの手法なのだ。これで、この映画の最大の謎だったタイトルの意味が分かった。
 21歳のカナ(河井優実)は脱毛サロンに勤め、不満もない代わりに希望もない生活を送る。彼氏は二人いる。一人はハヤシ(金子大地)。クリエーターと称して脚本を書いたりしている。もう一人はホンダ(寛一郎)。不動産の営業マンをしている。ハヤシは過去に女性を中絶させたことがある。それなのにクリエーターを名乗っていることに、カナは怒りを爆発させる。ホンダは出張で、どうせ上司に言われて風俗に行くんでしょ、と言われながらやっぱり行ってしまったことを告白する。どいつもこいつも何やってんだよ、とカナはまた切れる。
 しかし、二人の男に何かを期待したり求めたりしている風はない。ただ怒っている。翌日には勤め先へ行って「冷たくなりまーす」と客に言っている。その声は感情のない棒のような調子である。

 タイトルから、この映画は都会という砂漠を主人公の目を通して表現したものと勝手に思っていたが、完全に違った。流れるように漂うように生きる女性の日常を、砂漠の定点カメラが動物をとらえるように写し取った、そういう映画である。その裏側には、山中瑤子と河井優実という二人の20代のまぎれもない才能が見える。
 「あんのこと」で、世の中の不幸を一身に背負う少女を演じた河井優実が、まったく違う女性像を演じながら存在感を発揮している。2024年製作。

ナミビアの砂漠.jpg

この記事へのコメント